読みもの酔い
【近況】
6月は久しぶりに中古の料理本をいくつか取り寄せて目を通すことができました。ひと昔ふた昔前の家庭向け料理本を読むのが好きで、たまに思い立っては買い込んでいます。
最近の家庭向け料理本は時短レシピや写真映え重視のものが多いのですが、20年から30年前のものになると専業主婦の家庭が多かったためかなかなか手ごたえの強いレシピが掲載されていたりします。本の帯に「肉料理の上手なミセスをめざしましょう」的なことが書かれていて時代を感じます。
今回は昭和56年発行の家庭向けフランス料理の本が特におもしろく、そこに書かれたレシピに従ってオーソドックスなビーフシチューやサラダのドレッシングを作ってみると、丁寧に手順を踏んだ味のおいしさに気付きます。いずれも今やスーパーにいくつもの既製品が並んでいますしそれらも充分おいしいものですが、おいしさの方向は何か根本的に違うように思います。
いまどき家庭で、丁寧に手順を踏んだ料理を毎日作ることはナンセンスですが、手順を踏んで作った料理がこういう味になるということを多くの人が知っていれば、世の中の既製品の質ももっともっと高まるんではないかと感じるこの頃です。
【おすすめ料理本】
料理狂/木村俊介 幻冬舎文庫
筆者が、日本で名を成した様々なベテラン料理人にインタビューをする本です。
筆者のインタビュアーとしての発言が省いてあり、本人の語りだけにまとめられているのでサクサク読み進めることができます。
自分自身は、専門学校で学んだわけでもなく、いわゆる料理修行をどこかで積んだわけでもないので、こういう世に料理人と呼ばれる人の話に触れるのは楽しいものです。
同時に、かなり壮絶な体験談や真似できそうにないふだんの習慣についての話が多くて、自分が今後店を続けていくにあたって自信を失くすような話も多々あります。
イタリアンやフレンチで身を立てた人は、たいてい海外で自ら有名店の門を叩いて修行。そこでは言葉の壁もあるし同僚からのいじめにも遭う。今よりずっと海外での生活ノウハウがわからない時代にそうやって過ごしてきた。
あるベテラン料理人は、いまも毎日仕込みの前後に毎朝毎晩店の隅々まで、文字通り床の隅から天井ダクトの中にまで顔を突っ込んで掃除をし、整理整頓を徹底する。店と仕事を天秤にかけると仕事を取ると答える料理人は、店に毎日泊まり込みほとんど店で過ごす。
何かを犠牲にしてでも苦労するのが尊いとか、理不尽に耐えることで鍛えられるとか、今の自分ならそれが全てだなどと思うことはありませんが、読んでいて掻き立てられるものを感じるところは大いにあります。しかし10代、20代のころこの本に出会っていたら厳しい話に感化されて独立は諦めてしまっていたかもしれません。
極端なこだわりや苦境の話ばかりではなく、ベテランの目から見る現代の仕事観の話や、目先が変わって寒天製造で有名な伊那食品工業の社長の話など勉強になる話が多く読めます。
対象は料理人ですが、まるでミュージシャンや芸術家の成功譚を読むような面白さが味わえる一冊です。