水を味わう時間
【近況】
春ごろを最後に足が遠ざかっていたお客さんが戻ってきてくれる日が増え、そんな日にこの春以降通い始めてくれているお客さんがお見えになることがあったりします。もどかしい一年だったものの、今年は今年なりに新たな店の一面が増えたように感じました。
おでんも始めて、熱燗の季節です。ただ、あまり普段から熱燗を飲まないので、それぞれの酒に合うちょうどいい温度は勉強しながらです。燗にはかなり細かな温度帯のちがいがあるようで、さらに銘柄の個性に合わせてととのえるとなると気が遠くなる思いです。
日本酒のラインナップはだいたい6、7種類を随時入れ替えながら置いています。日本酒が苦手な人にも親しみやすい甘めフルーティなものから、風味が主張しすぎない渋めのものまでバランスを取るようにしています。
店を始めた時は、まだ日本酒を飲む習慣があまりなかったので、勉強のつもりで酒屋さんからおすすめを尋ねながら味見をしてきました。
最初はやはり、やや甘めでフルーティなものが飲みやすくて好みでしたが、だんだんと渋めの口当たりのものに興味が移ってきています。すると、大関や白鶴といったメジャーでリーズナブルな銘柄のバランスの良さも改めて感じられるようになりました。当初は、有名で安価なお酒はさほどおいしくないんじゃないかと思い込んでいたので、良い発見と反省になりました。
酒を造るのに使う水と、料理に使う水や素材が育った土地の水が同じだとより相性が良いという考え方があるそうです。なので、近畿圏の銘柄は常に置いておくようにしています。あと、自分が遠出したときは、なるべく土地のお酒を意識して飲んでいます。
【記憶に残ったお店の味】
宮崎うどんと呼ばれるうどんがあります。
細めで歯ごたえはほとんどなく、ほのかにもちもちとした柔らかいうどんです。昔、2軒ほどたまたま見つけた店で食べて以来好きになって何度か通っていました。
うどんといえば、子どもの頃はスーパーに売っている個食パックの茹でうどんが記憶に残っています。風邪をひいて家にいるとだいたいうどんを作ってもらうのですが、正直なところあの歯ごたえもなくぼそっとしたパックのうどんがあんまり好きではありませんでした。
高校生〜大学生になるくらいのころ、はなまるうどんチェーンが地元にでき、冷凍うどんが手軽に買えるようになって讃岐うどんブームが始まった記憶があります。家でもおいしいうどんが食べられる!と嬉しかった覚えがあります。
そこから長らくのあいだ、うどんはコシ、歯ごたえがないとダメだと信じ続けてきました。それを覆してくれたのが宮崎うどんとの出会いです。
釜揚げうどんのスタイルで食べたのですが、一口めはなんとも言えない感覚でした。味噌煮込みうどんを初めて食べた時も、これ火通ってる?と疑った覚えがありますが、宮崎うどんは完全に茹で過ぎやろ?と疑う柔らかさです。
でも、食べているうちにその繊細な柔らかさが茹で過ぎの伸びた食感ではないことに気づいていきます。ふにゃふにゃではなく、ふわふわの口当たりと、粉くささがなく上品な香りだけが鼻に残る後味が気持ちよくなってきます。同じ柔らかい系麺物と比べても、ワンタンのようにつるつるしておらず、にゅうめんのような強い風味もありません。とにかく優しい口当たりです。
食べているうちに、これは出汁を味わううどんだと思いました。うどんつゆは当然そのまま口をつけたら塩辛いですが、しっとりと水気をふくんだ柔らかいうどんはつゆに絶妙に絡みあうので、出汁のうまみがうどん全体にしみわたったような状態になります。うどん全体が「食べる出汁」になっている、と思いました。
宮崎うどんは、新たなうどん観を与えてくれた出会いの食べ物でした。近場で探してまた通いたいと思います。